基本的に鍼灸師は鍼灸のネガティブな面をあまり出したがりませんので、実際の所がしっかりと書かれている記事はあまりありません。
ネットでは以下のような記事がGoogleで上位表示されています。

この記事自体は間違いということはないのですが、より詳しく、その実際も交えてお伝えしたいと思います。
「医療事故」という言葉は医療を行うにあたり発生した事故全般の言葉を指すもので、医療従事者の過失のために患者に被害が生じたものを指すのであれば「医療過誤」という言葉を使うほうが正確です。
また、この記事の中では全てが医療事故として扱われていましたが、内出血などは鍼灸の施術を行う上で意図せずとも生じてしまう「副作用」であり、無知や過失などにより発生する「過誤」とは大きく違うことを強調したいです。
鍼灸院でのインフォームドコンセント
- インフォームドコンセントされるかは鍼灸院次第という現状
- 施術で起こりうる副作用は伝えられることが多いが、過誤性の高い有害事象までは伝えられないことがほとんど
そもそも、鍼灸院でちゃんとインフォームドコンセントされてるのかって話ですよね。
実際のところ、鍼灸院でのインフォームドコンセントはまちまちです。
2012年のアンケート調査によると約75%の鍼灸院では有害事象のインフォームドコンセントを行っているそうです。
有害事象に関するインフォームド・コンセントを得ているとの回答は全体の74.8%で、そのうち口頭のみが61.0%であった。
新原ら. 鍼灸臨床における有害事象に関するアンケート調査 国内の開業鍼灸院を対象として. 全日本鍼灸学会雑誌. 2012年62 巻4号 p.315-325.
本当に75%もインフォームドコンセントされている?
先程のアンケート調査は無作為抽出で6000件の鍼灸院にアンケートを郵送し、回収率は21.6%。このようなアンケート調査に協力的な鍼灸院はそもそもが誠実である可能性が高いです。ですので、実情よりも良い数字が報告されていると思われます。
個人的な経験からですが、個人の鍼灸院などでは施術の同意書や注意事項を予め説明されることが少ないと感じています。
私がこれまで行ったことのある鍼灸院で施術同意書や注意事項を予め説明されたことのほうが圧倒的に少ないです。
一方で、大学病院の附属施設としての鍼灸院や専門学校などの施術所では比較的説明されることが多いです。
1例ですが、HPでも注意事項の説明を掲載されている東京女子医科大学 東洋医学研究所のURLを掲載しておきます。
どこまでインフォームドコンセントされている?
しかし、鍼灸院で行われている有害事象のインフォームドコンセントも、起こりうるすべての有害事象は患者に伝えていないのが実情です。
よく起こる有害事象、例えば内出血などはかなりの確率でインフォームドコンセントされていると思います。
しかし、気胸などは過誤性の高い有害事象で通常では起きることもなく、イメージがかなり悪いので、わざわざインフォームドコンセントすることがないというのが実際のところです。
特に気胸については伝えていない鍼灸院がほとんどだと思います。気胸は鍼灸で最も起こしてはならない医療過誤のひとつで、学校でも徹底的に教育されます。生涯で気胸を起こさない鍼灸師の方がほとんどです。なぜならば、気をつけていれば起きることのない医療過誤だからです。

自分自身、鍼灸はかなりの期間うけていましたが、鍼灸の専門学校に入るまでは鍼で気胸が起きるということは知りませんでした。
鍼灸で起こりうる医療事故?
「医療事故」という言葉は医療を行うにあたり発生した事故全般の言葉を指すものです。
患者が主体のはなしであれば、「有害事象」という言葉を使うのが一般的です。
鍼灸で起こりうる有害事象
では、実際には鍼灸治療でどのような有害事象が起こるのでしょうか?
- 気胸
- 出血・内出血
- 折鍼
- 抜鍼困難(渋鍼:しぶりばり)
- 自律神経反射
ここまでが記事で取り上げられている「鍼で起こりうる医療事故」です。
その他にも、下記のようなことも起きることがあります。
- やけど
- 感染
- 刺鍼時痛(鍼を刺した時の痛み)
- 鍼の抜き忘れ
- 眠気
- 疲労感・倦怠感
当たり前ですが、これらは全てがすべて同じような確率で起きるということではありません。
「副作用」と「過誤」
これらの有害事象は「過誤」か「副作用」に大きく分けることができます。
これを踏まえた上で、鍼灸で起こりうる有害事象を「副作用」と「過誤」に分類すると…
- 出血・内出血
- 自律神経反射
- 刺鍼時痛(鍼を刺した時の痛み)
- 残留痛(鍼を刺した部位に残る痛み)
- 眠気
- 疲労感・倦怠感
- 気胸
- 抜鍼困難
- 折鍼
- やけど
- 感染
- 鍼の抜き忘れ
このように分類できるかと思います。



副作用はインフォームドコンセントされる事が多く、過誤はほとんどインフォームドコンセントされません。
鍼灸有害事象の発生率
国内で行われた調査
鍼灸教育機関の鍼灸師232人による有害事象の発生件数報告では気胸などの深刻な有害事象や感染症は1件も発生していません。
軽微な有害事象の発生確率は以下の通りでした。
- 内出血・血腫:2.64%
- 不快感:0.78%
- 鍼を刺した部位の残留痛:0.67%
不快感や残留痛などについては、後ほど詳しく解説します。
実際に発生している有害事象は調査より多い
先程の調査結果では気胸などの重篤な有害事象は報告されていませんでした。
しかし、実際には鍼灸師の施術により気胸が発生しているのが事実です。
鍼灸師が加入している保険会社の方の話では、最もよくある医療事故のうちのひとつが気胸です。
有害事象の発生率は鍼灸師次第
先程の調査などは全て教育機関やそれに協力する鍼灸師たちです。
身も蓋もない話ですが、鍼灸師の中でも勉強熱心な人とそうでない人がいます。
研究をしていたり、教育機関にいたり、それに協力する鍼灸師は勉強熱心な人が多いです。
また、そのような場所に所属している鍼灸師のほうが臨床歴が長かったりもします。
なので、前述した調査結果はかなり限られた鍼灸師たちの施術結果です。



自分の体を預ける鍼灸師がどんな人なのかはしっかりと確認したほうがいいですよ!
鍼灸で起こりうる「副作用」
鍼灸で起こりうる副作用は以下のようなものです。
- 出血・内出血
- 自律神経反射
- 刺鍼時痛(鍼を刺した時の痛み)
- 残留痛(鍼を刺した部位に残る痛み)
- 眠気
- 疲労感・倦怠感
鍼灸で起こりうる「過誤」
鍼灸で起こりうる過誤は以下のようなものです。
- 気胸
- 抜鍼困難
- 折鍼
- やけど
- 感染
- 鍼の抜き忘れ
気胸
- 肺がしぼみ、呼吸困難になる病気
- 両肺気胸になると最悪死ぬ
- ちゃんとした鍼灸師はまず起こさない


そもそも気胸とは?
簡単に言うと、肺がしぼみ、呼吸困難になる病気です。
何もしていなくてもある日突然気胸になる「自然気胸」や、交通事故などでなる「外傷性気胸」などがあります。
鍼や注射針などのせいで起こるものは「医原性気胸」といいます。
最悪の場合は死ぬ
気胸は鍼灸治療で最も起こしてはいけない有害事象です。
なぜならば、最悪の場合は死ぬからです。
肺は左右2つあるのですが、この2つともが気胸になった場合には
どのくらいの確率で起きるのか
身も蓋もない話ですが、鍼灸師がしっかりと気をつけていれば発生確率は0%です。
と言いたいところですが、絶対ということはありません。
実際にドイツで行われた大規模な鍼治療に関する前向き調査で
そもそも、鍼施術によって気胸が起こるのは鍼が肺に刺さるからです。
肩や肩甲骨の間の背中などに鍼を深くさし、筋肉・胸膜などを貫き肺にまで針先が到達しないと起こらないのです。
まともな鍼灸教育を受けていれば、そのような危険な深さまで鍼を刺入することはありません。
気胸は気をつけていれば絶対に起こりません。
肩・肩甲骨まわりに鍼をするときには、常に細心の注意を払って施術しています。
実際にあった無資格者の施術で両肺気胸
逆に、解剖学や鍼の知識がない人間が鍼を行えば、簡単に気胸は起こりえます。
実際に、無免許で鍼を行った人が両肺気胸を起こし、患者を死亡させた例があります。
岡村被告は2009年9~12月、無免許で14回にわたり箕面市の上田清美さん(当時54)らにはり治療を行い、同年12月、上田さんの背中にはりを深く刺して気胸を発症させ、低酸素脳症で死亡させた。
日本経済新聞「はり治療後に死亡、元副院長に有罪判決 大阪地裁」 2010年12月7日



ごく稀に無資格者が鍼をしていることがあります。無資格者による鍼治療は違法ですし、なにより危険ですので絶対に受けてはいけません。
抜針困難(鍼が抜けない)
鍼の刺さっている筋肉が強く収縮してしまい、鍼が抜けなくなるといったことが稀にあります。
また、無理に抜針すると折鍼につながることがあります。
折鍼
鍼が体内に刺入中に折れてしまうことです。
昔は鍼の摩耗や金属疲労などによりおこることがありましたが、現在では鍼の使用は原則としてディスポーザブル(単回使用)なので、ほとんどありません。
感染
これも現在ではほとんどありません。
昔は鍼はディスポーザブルではなかったので、血液性の感染症などが鍼灸院内で広がることがありました。予防接種などの注射針も使いまわしていたような時代の話です。
ディスポーザブルの鍼を使用している鍼灸院が現在ではほとんどですので、感染の心配はありません。
やけど・低温やけど
これは主に「お灸」で起こりえます。
お灸には様々な種類がありますが、本来は軽いやけどを作るのが実際の手法です。
近年ではドラッグストアなどでも売られている「せんねん灸」に代表されるような台座灸などはやけどが出来にくくはありますが、熱いのを我慢し続けると低温やけどになります。
また、鍼の治療法にも特殊なものがあり、「火針」という手法では針をあぶって刺すというやり方ですので当然皮膚に火傷が残ります。火針はかなり特殊な技法のため、行っている鍼灸院も極稀です。
鍼の抜き忘れ
わりと起こりうるのが鍼の抜き忘れです。



これまで、何回か抜き忘れをされたことがあります。
基本的には患者側が気付いて先生に伝えて終わってしまうことがほとんどです。
おわりに
今回、鍼灸で比較的話題になったり、起こりやすい有害事象を主に解説してきました。
鍼灸の有害事象や起こり得るインシデント、アクシデントなどは他にも色々あるかと思います。
実際にこれらのような医療事故が起きることは極稀ですが、鍼灸が原因で気胸などの重篤な医療事故がおきていることも事実です。
医療事故などは知識・技術・経験の欠如から来ることがほとんどですので、鍼灸を受ける際には施術者をしっかりと選ぶことが重要です。
これからも、加筆・修正していきます。
参考文献
新原ら. 鍼灸臨床における有害事象に関するアンケート調査 国内の開業鍼灸院を対象として. 全日本鍼灸学会雑誌. 2012年62 巻4号 p.315-325.
進藤ら. 鍼治療後に生じた両側性気胸の1症例. 日本救急医学会関東地方会雑誌. 2020 年 41 巻 2 号 p. 271-273.
山下 仁, 形井 秀一. 鍼治療と両側性気胸. 全日本鍼灸学会雑誌. 2004 年 54 巻 2 号 p. 142-148.
古東 司朗, 中本 和夫. 鍼治療により発生した気胸. 全日本鍼灸学会雑誌. 1994 年 44 巻 3 号 p. 233-237.